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旧茶屋の井戸

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 長崎奉行をはじめ幕府の諸役人・大名、出島のオランダ商館長、全国各地の商人や学者・文人、坂本龍馬をはじめとする維新の志士など、たくさんの人たちがここを往来しました。その旅人たちの喉を潤したのが、この井戸です。長崎街道の憩いの場所でした。(現在は飲料水としての使用はできません)

久山茶屋 長崎街道 絵巻通

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このトンネルがある場所は長崎街道の一部として、また以前は久山町(国道34号線)と飯盛町田結地区(国道251号線)を結ぶ県道138号線として車が行き交う道でした。 
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しかし飯盛町田結港の整備や、途中の花之木トンネルの開通に伴い、交通量が大幅に増えたために新しい県道が作られることになり、この道が一部寸断される事になったため(つまり長崎街道が寸断される事になったため)新しい県道下に歩行者専用のトンネル街道という形で残される事になりました。
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平成21年6月、久山自治会やNPO法人が発起人となり、たぬき絵で有名な「堤けんじ」氏が8ヶ月もの時間をかけて下絵を描き、地元の西諌早中学校や創成館高校の生徒等が色づけをして完成いたしました。かつての長崎街道の宿場町の絵が描かれていて、大変面白い街道になっています。
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赤松坂

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 この坂道を登ったところに赤松の巨木があったので、この名前がついたと云われています。 また緑陰の中にあったため一面に苔が生えていて、別名「苔の道」とも云われています。この巨松は太閤秀吉手植えの伝説があり、久山と貝津の境を示す「峠松」の異名もあったそうです。坂の中腹が荷車の離合のために幅広になっています。
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昔へ タイムスリップしたかのような空間が広がる赤松坂、某有名カステラ店のコマーシャルにも使われことがあります。

磨崖仏 (まがいぶつ) 三十三観音

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平安末期、畿内を中心に三十三か所の観音霊場が作られ、これらの霊場を巡拝することで功徳が得られるという「観音経」と呼ばれる信仰がありました。この信仰は観音様が馬頭観音、千手観音、十一面観音など三十三に変化して、人間をあらゆる苦しみから救うという三十三観音信仰思想に基づいています。
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江戸時代には、その霊場巡拝を簡単に済ませる方法として、各地に三十三観音が作られるようになりました。三十三観音には観世音菩薩を石塔の上に据えて祀る形と、磨崖仏として岸崖に彫る形があり、有名な所では前者が永昌町の八天狗社、後者が城見町の慶厳寺の磨崖仏があります。
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久山の磨崖仏は文政11年(西暦1828年)に彫られたとあり、「おこぼさん」と呼ばれる弘法大師空海を祀るお堂の裏の崖にあります。
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久山城址 諫早十二支 戌の公園

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久山年神社が鎮座する山を「城山」と言い、かつてこの山頂に城があったことから、こう呼ばれています。
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現在では、諫早市内の各所にある十二支の「戌」の公園として諫早市が管理・整備しており、諫江八十八ヶ所霊場 第八十四番札所でもあります。また近くにお住まいの方たちのウォーキングコースとしても人気があり、最近では地元高校の野球部も下半身強化のために登山しています。
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久山年神社の右手にあるの登山口から登れます。
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久山饅頭店

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長崎街道沿いの地名をもじった わらべ唄があります。「街でまんじゅう買うて、日見で火もろうて、矢上で焼いて、古賀で焦んがらかして、(喜々津で切って が入る場合あり)久山でうち食うた」にあるように、最後に食べた地が 久山年神社や久山饅頭店がある この久山町です。現在でも、この わらべ唄に歌われている長崎街道沿いの地域には、まんじゅう店が多くあります。 

うどん店 拓どん

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 久山年神社の入り口にある うどん店です。毎日決まった量の麺を手打ちしているため、なくなり次第 閉店する人気店です。とくにお昼時には駐車場がいっぱいになります。定休日は木曜日。

  

  

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